The Japanese Chapter of

マインドフルネス統合認知行動療法 日本公式サイト

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What's MiCBT?

MiCBTとは?

MiCBTの正式名は、マインドフルネス統合認知行動療法(Mindfulness-integrated Cognitive Behaviour Therapy)です。MiCBTはその名の通り伝統的なマインドフルネス瞑想のトレーニングと認知行動療法の原理を統合させた心理療法で、2003年の開始時より幅広い疾患領域において高い臨床効果をあげています。「なにも変えずありのまま受け入れる」というマインドフルネスと、思考や感情や行動を変えていくことを目的とする認知行動療法の原理との統合が、なぜ高い治療効果につながるのかを語るにおいて、その背景となるところを簡単にまとめます。

認知行動療法の限度?

認知行動療法は、不毛な思考の内容を機能的なものに変えることで、感情や行動を改善することを試みます。一例を挙げると、「失敗したらどうしよう」と思うと心配で眠れないとか失敗するのが嫌で初めから試みもしないところを、「失敗してもいいから」と考え方を変えることで行動パターンも変えていくようにするのです。このアプローチは多くの心因的疾患の症状を軽減してきましたが、もう一方で、経験的証拠や臨床データ、そして私たちの日常的な体験上においても、あまり効果がないときもよく報告されています。その典型的な例は、「頭では失敗しても別にいいからと知っているのに、不安な気持ちはおさまらない」「子供に怒鳴るのはもう絶対にしたくないのに、気がつくと怒鳴ってしまっている自分がいる」などのように、思考や知識だけでは感情や行動が改善しないときです。それどころか、改善しよう、快復しようという希望や努力こそがよけい問題を悪化させることもあると、PTSD やパニック障害、慢性疼痛などの研究結果に報告されています。

影の支配者

思考や知識だけでは感情面や行動面に思うような変化が現れない理由は、認知行動療法では殆ど意識されていない重要な要素があり、それが陰から(でもないのですが)私たちの行動、学習、思考、感情に至るまで、直接的あるいは間接的にコントロールしているからです。先ほどの例を使うと、頭では「もう怒鳴りたくない」と、機能的で健全な考え方をして怒りを防ごうとしても、怒りの感情が高まってくると、あたかもそういった理性が押しのけられるかのように結局いつも怒鳴ってしまう、というのが典型的なパターンでしょう。ここで「怒りの感情が高まる」という状態はどういう状態かと質問すると、自覚していなくて「分らない」と答える人はたくさんいますが、自覚している人は必ずどこか体の部分を指して「ここがカーッと熱くなって爆発しそうな感じになる」など、なんらかの形で体の感覚の説明をします。さらにその感覚が快いか不快か質問すると、10人が10人とも「すごく不快!」と答えるのです。こういった体の感覚こそが、実は私たちの「影の支配者」の正体なのです。

回避と執着

「不快な感じがしたら、それを避けて楽になりたい。快い感じがしたら、それをもっと感じたい。」この思いは人だけでなく、全ての動物に共通する、生存本能に基づいた普通のあり方でしょう。その分、私たちの不快感を嫌がる癖や快感に執着する癖はとても強く、例えそれが体の感覚だというはっきりした自覚がなくても、「とにかくちょっとでも楽でいたい」という願望が陰で最優先されることになるのです。結果、理性で決めた行動の意志にかかわらず、「このカーッと爆発しそうな感じ」をたとえ一時的にでも減らしてくれる手段として習慣になっている「怒鳴る」という行動が、つい出てしまうというしくみです。別の例を挙げると、健康のために飲酒や煙草をやめようとしてもうまくいかない話はよく聞きますが、これも体の感覚に対する私たちの反応の癖が、私たちの行動を陰からコントロールする典型的なパターンです。飲酒や喫煙するときのリラックスした感じ、あるいは楽しくなるような感じもやはり体の感覚なのですが、これをもう一度味わいたいという執着の癖が、せっかく立てた志に反して私たちを飲酒や喫煙に追いやるのです。さらには、飲酒や喫煙が不快な感覚を回避するための手段の一つとなっている人には、快い感じをもっと味わうという理由だけでなく、ストレスがたまってむしゃくしゃしたときの嫌な感じを減らすためにも飲酒や喫煙する理由があるわけですから、禁酒・禁煙の志を貫くことは倍難しくなるのです。

思考と感覚の共発生

そういった体の感覚はどんなときに生じるのかというと、私たちが何かを考えるとき、特に、自分に関連づけて評価的な考え方をするときに生じるのです。どんなものごとに関してであれ「これは自分にとって良くないこと」と評価すればその人の体に不快な感覚が生じ、逆に「これは自分にとって良いこと」と評価すれば快い感覚が生じるというしくみになっているです。偶発的に、なんでもかんでも評価するというのも、ついつい自分を中心にものごとをとらえてしまうことも、感覚に反応することと同じくらい根強い私たちの癖です。要するに私たちは、自分に関連づけてものごとを評価しては体に感覚を生じさせ、そうとは知らずにその感覚を嫌がって回避の手段に走ったり、別の感覚を渇望してもっと感じるための手段に走ったりしているのです。

無常と苦しみ

この世の全てのものごとがいつも変転しているということ、永続するものは何一つとしてないということは、誰も否定することのできない現実です。そしてこの無常という現実の前では、自分なりの手段に頼って嫌な感覚を減らし快い感覚を持続させようとしても、遅かれ早かれ同じ手段では同じ効果が得られないときが来るのです。はじめのうちはお酒を飲むとストレスが減ってリラックスできていても、ストレスの度合いやアルコールへの耐性の変化で、同じ量では同じ効果が得られないときが出てきます。あるいはお酒の量が増すにつれて、たとえリラックス度は増したとしても、家族からの不満が増えたり自分の体を壊したりと別の不快な体験が生じることもよくあります。つまり嫌な感覚を避けようとしているのに避けられない、快い感覚をもっと味わいたいのにそれが叶わない。これが苦しみの本質です。さらに、大抵の人はその苦しみを「自分にとって良くないこと」と評価するので、そこで不快な感覚が新たに共発生し、また回避できないと苦しみのサイクルがもう一周追加されるのです。つまり「嫌な感じを減らしたい」「でも減らない」「減らないのは嫌だ」とあがけばあがくほど嫌な感じが増えていくのです。この過酷なようでありきたりなしくみが、人生に苦しみがつきものである原因です。

苦しみとマインドフルネス

マインドフルネスとは、私たちの体や心で体験されるできごと一つ一つに対して、価値判断も反応もせず受容の心構えで意識を向け、この瞬間から次の瞬間へとそれを感じようと努めるあり方です。実はこれは2500年前に、人の世につきまとう苦しみを根絶するために、釈迦が実践を勧めたあり方です。全ての苦しみの原点は感覚に対する評価やそれに続く回避反応や執着反応であることを説き、「ですが苦しみを無くすには、評価も反応もしないで感覚を感じる練習をすればいいのです」と、特殊な瞑想の練習を教習したのです。そのヴィパッサナーと呼ばれる瞑想のトレーニング法を、心理療法目的でまとめたものがMiCBTのマインドフルネス・トレーニングです。

MiCBTのマインドフルネス

鬱、不安症、恐怖症、薬物依存症、摂食障害、パニック障害、強迫神経症、PTSD、慢性疼痛、対人関係の不和など、苦しみがどんなに異なった形で表れていても、MiCBTでは全て同じ苦しみの原理を持つものとして、同じようにマインドフルネスを使って介入します。どんな感覚でも敏感に気づき何の評価も反応もしない、というマインドフルネスの技術を瞑想練習を通してクライアントに教え、系統的に日常に適用させていくのです。そうすることで、感覚に対する中立的な姿勢が具わり、長年回避していたことを平気でこなせたり、執着していたものを気楽に手放せるようになるのです。「こうした方がいい」と頭で思いながらもずっと実行できなかったことが、なんだか急にできるようになり、その結果「こうした方がいい」という思考にも100%賛同できるようになるのです。つまり、マインドフルネスで感覚を受け入れる技術が新しい習慣として身につくと、逆説的に行動や認知も自然に変わり、多種多様な心理的疾患でも根本から変革していけるのです。

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